La Vie
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La Vieal denteはなれ でしたが 母屋 に昇格しました

La Vie の 旧宅
「アル・デンテ al dente」
は Doblog 村にありました

そのちいさな ドブログ村が、 2009年2月、ダムのどん底に沈んでしまいました

そんなわけで新しい地に旧家を移築し、現在は、旧宅の壁に掛かっていた絵をもう一度かけ直しているところです

        

旧家の移転先:
  duologue

   (一部画像を修復中)


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15年目を迎えた追悼の日
阪神・淡路大震災から15年の月日が流れました。

1 e

この日は私たち神戸市民にとって、癒えることのない鎮魂の日です。

2 3

神戸の各地ではさまざまな追悼式典が催されました。

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こちらは神戸駅前の地下街、DUO神戸の「震災15年 未来に伝えたい」の会場です。「安全に、安心に暮らすために」という副題のもと、震災当日の写真、復興中の写真を各地域ごとに展示しています。

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その一角の兵庫県栄養士会のブースに「守る・備える~備蓄食品の展示」コーナーがありました。係の人もいず、覗いている人もいないひっそりとしたコーナーでしたが、積んであるパンフレットを頂いていると、いつのまにか係の人が現れて、美味しい防災食と銘打ったレトルト調理された筑前煮や梅がゆなどを下さいました。

4545_155 4543_235

こちら神戸文化ホール大ホールでは、第6回追悼コンサート「いのりのとき」が開催され、友情出演で駆けつけたNHKの村上信夫アナウンサーが司会をつとめ、伍芳(ウーファン)さんが中国古箏でゲスト出演されました。

伍芳さんは、選曲に散々迷ったようですが、阪神淡路大震災で亡くなられたお姉さんが大好きだった曲、「雪山春暁」を独奏されました。この曲は厳寒の雪山に春が訪れ、雪が溶けて川となり万物は再び蘇るという春を迎えるチベットの祭りをテーマにした作品です。

もう一曲はこのレクイエムプロジェクトで作曲家の上田益(すすむ)氏が伍芳さんのために作曲した新曲で本日初演の「星光(ほしあかり)」です。こちらは中国古箏と室内アンサンブルの共演でした。

4552_48

追悼コンサート「いのりのとき」は阪神・淡路大震災から10年目となる2005年から行われているコンサートですが、今年は15年目の節目ということで、神戸ルミナリエでもお世話になっている作曲家、上田益氏が、震災の記憶を風化させることなく次の世代へ語り継ぐこと、そして神戸や国内のみならず世界中の被災地への思いを神戸から発信することを目的として、一昨年から2年がかりで10部作の「レクイエム」(演奏時間35分)を作曲完成させたものです。

今回の初演発表では、ヴァイオリニスト森悠子さんが率いる長岡京室内アンサンブルが演奏、100名の追悼コンサートいのりのとき合唱団が参加しました。この合唱団は中学1年生から80歳までの被災者を中心とした方々で、それぞれの追悼の思いを胸にステージに立ちました。

黙祷から始まったコンサートはとても素晴らしいもので、おかげさまで今日のこの追悼の一日を有意義に過ごすことができました。
感謝。


2010年1月現在の阪神・淡路大震災の被害状況は――
死者6434人、行方不明者3人、重軽傷者4万3792人。
全壊家屋10万4906棟、半壊14万4274棟、一部損壊39万506棟。
合計63万9686棟

15年前のこの日の犠牲者のご冥福を祈ります。

また、先日12日(日本時間13日)に、阪神・淡路大震災の規模にほぼ近いマグニチュード7.0の地震(阪神・淡路大震災はM7.3)がカリブ海ハイチで発生しました。追悼日の4日前だっただけに身につまされる思いでした。

国連の発表によりますと、被災者数は約300万人。死者数は5万人とも20万人とも言われていますが、正確な数はなお不透明のようです。同国政府の発表によりますと、家屋を失った被災者は約30万世帯、約150万人に上るとの見方を示しております。(被災者数は1/20付日経調べ)

地球の裏側で被災され、犠牲となられた方々のご冥福をお祈りします。

合掌。



◆2007年の記事 1995年震災直後の手紙 クリック
  疎開先から皆さんに宛てた手紙(第一信 と 第二信)

◆2009年の記事(こちらからは下の①と②が両方一度に開きます) クリック
  阪神・淡路大震災 ① 語り継がなければならない記憶 クリック
  阪神・淡路大震災 ② しあわせ運べるように♪ クリック

              (この歌をご存じない方は是非・・・)


トップ4枚の祈りの写真は毎日新聞さまより拝借致しております。

この記事に対するコメント
こんばんは
暫くご無沙汰でした。
17日の記事を先ほどから全て読ませていただきました。
やはり、duoさんは震災の被害者でいらしたのですね。
直後に書かれたお手紙では想像以上の恐ろしさを、今、あらためて感じております。
地震がおさまった後に最初に目にされたお母様の
お休みだった場所の惨状、想像するだけで、言葉がありません。
お怪我にも気が付かずに歩いていた事、連絡の取れない不安、非難場所での経験、全て現実に起こったことなのですよね。
夫の勤務していた会社は本社が神戸でしたので、横浜にも神戸出身の方がたくさんいました。私の数人の友人のお母様がやはり、あの地震でお亡くなりになりました。
家財道具のほとんど全てを泥棒に取られてしまった友人のご実家の話も聞き、当時やはり腹立たしく思ったものでした。

ボランティアさんの活動はTVで見て感謝しておりましたが、duoさんのようにご親戚、ご友人、などからお世話いただいた方も沢山いらしたのでしょうね。

神戸は見事に復興し、実際に経験していない我々の記憶は薄らいできておりますが、経験された方々にとっての記憶はあの日のままなのですよね。
そして、大切な家族を不幸にも亡くされた方々にとっては、この15年の月日、時間の中でさらに辛く悲しいものになっているのだと思います。

神戸大学の学生さんのように、助け出せなかった辛い思い出をお持ちの方も沢山いらっしゃるのだと思います。

duoさんの記事を拝見し、今まで感じ得なかった気持ちになっております。
とても貴重なお話をありがとうございました。

震災で亡くなられた方々のご冥福、そして、辛い思い、悲しみから癒えずにいる多くの方の心が少しでも安らぎますように、今夜あらためてお祈りいたします。
【2010/01/20 02:01】 URL | Hulaさん #amXlFcx2 [ 編集]

◆Hulaさま
Hulaさん、おはようございます。
忙しく自分の記事を綴るので精一杯で、私もご訪問できず
失礼をしております。すみません。

震災直後に慌てて書き綴った拙い、それも長い長い2通の手紙を
読んでくださり、ありがとうございました。
私たちは、いろいろな事情が重なり、その都合で神戸から
脱出してしまいました。しかしほとんどの方々が余震が続く
不安の中で不便な神戸で生活をすることを余儀なくされました。
それを考えると申し訳なく感じます。

手紙の中の神戸大生のようなことがあったご遺族の方たちの中には
震災の話はしたくないし、また、しないでほしいという人も
大勢いらっしゃいます。
追悼式では推し量れない心情がそこにはあります。

HulaさんとHulaさんのご主人さまのご友人にも被害に遭われた方や
お身内を亡くされた方々がいらっしゃるのですね。
この場でお見舞いを申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。

長くて拙い古い記事までお読み頂きありがとうございました。
【2010/01/20 08:34】 URL | duolavie #Aa3L8zoM [ 編集]

duoさん
 おはようございます。
 改めて記事を読ませて戴きましたが、想像を絶する体験に対して、言葉がありません。
 当時大学生だった娘がボランティアに参加して、
 惨状を教えてくれたのですが、今では記憶が薄らいでしまってます。
 貴重なお話し、そしてお手紙、ありがとうございます。
 
【2010/01/21 05:20】 URL | こうめい #- [ 編集]

◆こうめいぶるさま
こうめいさん、おはようございます。
忙しさに取り紛れてご訪問もさせて頂いておらず、
大変失礼をしております。

こうめいさんには、昨年もこの長い手紙をお読み頂きましたのに、
今年もまた見て頂いたのですね。拙い文章で恐縮しております。
疎開先でとりあえず書きなぐった原文を、個人名だけ続柄に変えて
そのまま活字に変えただけのまさに乱筆乱文で、
さぞかし読みづらかったことと思います。

> 当時大学生だった娘がボランティアに参加・・
お嬢様もボランティアにご参加頂いたのですね。
ありがとうございました。
ウチの長女も当時参加させて頂いたボランティア・グループと
いまだに交流があり、当時大学生だった皆さんは、
ほとんどの方がご結婚されて、特に女性は遠方に嫁がれた方も
いらっしゃって最近は年に一度くらいと少なくなりましたが、
今はパートナーも巻き込んで(ウチの娘はまだシングルですが)
集まっているようです。

> 今では記憶が薄らいでしまってます・・
人間の記憶は忘れるためにあるもの・・・とか。
時が経つと記憶が薄らいで曖昧になっていくのは
仕方がありません。
でも広島・長崎の原爆の惨状のように、
絶対に忘れてはならない記憶もあります。
私たちもこの大震災を風化させないように
いつまでも語り継いでいかないといけないと思います。

どうもありがとうございました。
【2010/01/21 07:36】 URL | duolavie #Aa3L8zoM [ 編集]

やっと落ち着いて訪問できるようになりました。

一生忘れられない日ですよね。
もう震災経験の無い子が増えてきてるから語り継いでいかないといけませんね。
ハイチでの被害は酷い上、市民の略奪などで益々治安は悪化。
指揮する政府は機能してないのではボランティアも危ないでしょうし、復興には時間が掛かりそうですね。
【2010/01/21 10:10】 URL | ぷりんちゃん #- [ 編集]

◆ぷりんちゃん
ぷりんちゃん、おはようございます。
ぷりんちゃんもお忙しい毎日だったようですね。
私もすっかりご無沙汰しております。
(記事はちょこちょこ読ませて頂いておりましたが・・)

震災を体験していない子供たちに少なくともこの時期には
当時の様子を伝え、震災の恐ろしさはもとより、
命の大切さやボランティアの活動にいたる一連の経験や心構え
などを震災体験者として語り継いでいく義務があると思いますね。

ハイチでは、建物に耐震の鉄筋が入っていないため、ほとんどの
建物がもろくも崩れた落ちました。30度を超える気温の中、
重機もなくガレキの下からの救出は大変だったようです。

ポルトープランス(王子の港)では低階級の住宅密集地での被害が
大きく、高級住宅街ではほとんど被害がなかったようですが、
神戸でも港方面に比べ山手方面で被害が少なかったところは
ハイチとよく似ていました。

今回のハイチの地震で震災孤児となった乳幼児たちに
欧米から養子縁組の手が差しのべられているようです。
クリントン米国務相は政治的手続きに1ヵ月も2ヵ月も掛けては
いけないと早急に養子縁組できるように取り組んでいるそうです。
暗闇の中の一条の灯ですね。

ありがとうございました。
【2010/01/22 08:03】 URL | duolavie #Aa3L8zoM [ 編集]


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