La Vie
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La Vieal denteはなれ でしたが 母屋 に昇格しました

La Vie の 旧宅
「アル・デンテ al dente」
は Doblog 村にありました

そのちいさな ドブログ村が、 2009年2月、ダムのどん底に沈んでしまいました

そんなわけで新しい地に旧家を移築し、現在は、旧宅の壁に掛かっていた絵をもう一度かけ直しているところです

        

旧家の移転先:
  duologue

   (一部画像を修復中)


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野暮な警察に・・呆れてものも言えません
昨年のクリスマスに群馬県で端を発した善意の運動が、全国に急拡大していますね。

孤児で施設で育った「伊達直人」。やがて覆面レスラー「タイガーマスク」となって悪役レスラーを相手に活躍し、出身施設にファイトマネーを寄附するというプロレス漫画が、雑誌に連載され、テレビで放映されたのは、かれこれ40年も前の話です。

この連載漫画やアニメ放映の世代に育った人たちが今は50代・60代となり、伊達直人を、そしてタイガーマスクを名乗り、殺伐としたこの時代にほのぼのとした一条の明かりを灯してくれています。


ランドセルをはじめ、文房具、現金、玩具、図書カード、紙おむつ、そして野菜まで――昨日までで71件もの善意の贈り物が全国各地に届いているそうです。一過性で終わって貰いたくないですね。

そんな中、10日には我が県にも伊達直人さんが現れたそうです。(神戸新聞)

現れたのは赤穂の警察署。現れたといっても姿を見せたわけではありません。「養護施設に持って行きたかったが場所が分からなかったので署の玄関先にランドセルをおいた」と電話があり、黒とピンクのランドセルが2つずつ、合計4個置いてありました。箱にはそれぞれ「お年玉 伊達直人」と書かれた熨斗が掛けられていて、「子供たちにささやかな贈り物をさせて頂きます」と書かれた封書が添えられていたそうです。

と、ここまではいいのですが、私が呆れているのは、法を優先する赤穂署です。

持ち主が判明せず遺失物扱いとなり警察で3ヶ月間保管し、その後兵庫県の所有物となるということらしいです。そうなると早くても4月11日を過ぎないと子供たちの手には渡りません。

入学まではランドセルを眺めて希望に胸を膨らませ、初登校ではピッカピカのランドセルを背負って喜びと嬉しさで胸いっぱいに――プレゼントをされた赤穂の伊達直人さんもきっとそんな子どもたちの姿を想像しておられることでしょう。

電話で伝え、手紙も添えているのに、どうしてこんな杓子定規なことを言うのでしょうね。警察の考え方には呆れてものも言えません。粋な計らいが出来ない・・心あたたまる行為の陰で、なんとも情けない話ですよね。 例外のない規則はないと思うのですが・・・。

ブログ休止中の身ではありますが、これには黙ってはおられませんでした。(憤) (汗)

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あの時は民主党が良かったからというわけではありませんでした。そして今度も菅さんがいいからというわけではないのです。
管さんが総理大臣の要職について3ヶ月のあいだ、大事な国内・国外の政策は何もなされず、この間、普天間の問題はこじれ、「円」に至ってはついに83円を割り込む事態にまで来てしまいました。

8月20日には政府の大使人事で、昨年末に厚生労働省を懲戒処分された渡辺芳樹・元社会保険庁長官をスウェーデン大使に起用する閣議決定がなされたと知り、これには管さんは一体何を考えているのだろうかといささか驚いたものです。

思えば自民党から民主党へと政権が移った時、民主党が素晴らしいから民主党に政権を委ねよう、という考えから与野党が逆転したわけではありません。自民党に失望した反自民党の流れが民主党に票を集めただけなのでした。

先の参議院選挙では管さんの消費税発言問題を含め、総理としてのなすべき仕事が何もなされていないことから、党首としての力量・裁量を問われ今回の代表選挙に至りました。

確かに経験的な観点から見れば小沢さんのほうが日本を建て直す力を持っているかとも思うのですが、それよりも2006年以降日本の国家党首は年替わりで、この頻繁な首相交代に誰もが嫌悪感を持っていました。それと同時に小沢さんには自民党が嫌われている理由の一つと同じ「政治とカネ」の問題がどこまでもつきまとっています。

今回の代表選挙では党員・サポーターの圧倒的な票が管さんに流れましたが、これはなにも菅さんがいいからというのではなく、上に書いたように頻繁な首相交代を嫌ったことと、「政治とカネ」の問題を抱えた小沢さんを嫌って、反小沢派という観点からたまたま反対側にいる管さんに何の期待もなく流れただけのことだと思うのです。

「政治とカネ」の問題では、一年前にやっと自民党のイヤな政治からやっと離れられたところなのに、小沢さんを選べばまたぶり返されることになるのではないかという懸念を嫌った国民的観点の現れでしょう。ちょうど代表選挙直前に受託収賄・あっせん収賄・政治資金規正法違反・議院証言法違反の4件の有罪判決を上告していた鈴木宗男議員が最高裁から上告を棄却され、実刑が確定して収監されたばかりでもありましたし・・・。

国会議員の票については菅さん、小沢さんとの票は真っ二つに割れましたが、これには双方の獲得票に政治信条や期待感などはなく、小沢さんの票には選挙で世話になった連中、特に小沢チルドレンの一年生議員さんたちの票が入り、獲得数を押し上げたのではないかとも思え、反面、管さんの票の中には3年間衆院選をやらないとする発言から獲得票の中には安泰を求める議員さんたちの票が数多く含まれていたのではないかと思われます。従ってこれらの議員さんの票は国民の意見を反映しているとはどうしても思えないのです。

それはともかく、結果として菅さんが再選されたのです。今、ここでウダラクダラ言っていても始まりません。もう決まった事ですから。それよりも再選された管さんは代表選を制した喜びに浸っている場合ではありません。本当は喜びの挨拶はほどほどにして、あの会場で、上がり放題の強い「円」に対する解決策を、間髪を入れず即発表して貰いたかったと思いました。

エヘラエヘラ笑っている場合ではないのです。組閣も大事でしょうが、先ずは早急に円売りに介入して急騰している「円」を引き下げる施策をとって下さい。



しばらくの間・・・ブログから離れてみようかな・・とか・・・
久しぶりに自分のブログを開いてみて、過去記事についたおびただしい迷惑メールにいささか驚いた次第です。(笑)
この1年間迷惑メールがついたことがほとんどなかっただけに慌てました。(汗)

さてさて・・・ここのところ会社の仕事が忙しいことと5月決算でもあり、帳簿の〆切りまでに人事を尽くすべく・・・つぅか、いかに帳尻りを合わせようかと(笑)・・・そんなことで業務に追われ、半端ぢゃなく忙しい日々が続いておりました。

そんなことで、しばらくブログから離れようと勝手に決めて、自分のブログすら全く開いてみる事もありませんでした。

仕事面においては今もなお、その過程にあり多忙を究めておりますが、この一ヶ月ブログを書かなくなる前と比べてみて、日常生活そのものはなんら変わりはありません。

日々のウォーキングに、飲み会、美味しい魚を食べる会(?)、アフターファイブの野球観戦 (これは観る試合ことごとく負けており、ぷりんちゃんには、duoさんちが観戦すると敗けるという法則・・・とまでバカにされ・・lol )、それから休日には龍馬や岩崎弥太郎、中岡晋太郎らに会いに土佐の高知をほっつき回ったり、十数台のだんじりが曳き回わされる地元神社のお祭りやサンバの熱気に包まれる神戸祭りに出かけたり、そして昨年から始めた陶芸に至るまで、仕事以外はいつもと同じ日常でした。ただ、ただ、ブログを封鎖しただけと言うことで・・・。(汗)

むしろ、ブログに割かれる時間がなくなったことで、この1ヶ月仕事も捗り、却って時間にゆとりが持てたようにも思えます。

こんな生活もいいな・・・とか。すっかり味をしめてしまい、もう少しの間ブログから離れてみようかな・・・とも。(笑)

Hulaさんこうめいさんぷりんちゃんには、ご心配をお掛けしておきながら、いろいろ勝手なことを考えております。(-_-;)

せっかく開いて下さってもいつも更新がないなんて、なんとも失礼なことで申し訳ございません。m(_ _)m

どうかもうしばらくの間わがままをお許し下さい。




車掌さんの車内放送
先日、JR神戸線から同福知山線、その後、阪急電車伊丹線から同神戸線、そしてまた阪急電車の神戸線からJR神戸線へと乗り継いで乗車することがありました。

JRは運転士さんも車掌さんも新幹線の検札員さんも女性の進出が目立つようになりましたね。

このJRと私鉄6線の乗り継ぎの間、各車両の案内放送の差に車掌さんによってこうも違うのかと驚きました。

女性の車掌さんの案内放送は、とてもはっきりと聞きやすかったのですが、男性乗務員さんの中には、低い声でボソボソと話す人が結構いらっしゃいます。電車内の話し声や電車自体の騒音で一生懸命聞き耳を立てて集中していても聞き取れないことが多々あります。ベテランさんになるほどこの傾向があるかと思います。

いつも利用している乗り慣れた線では別に問題もないのですが、次の駅名、快速電車や急行電車などの停車駅、乗換案内など色々と情報を得たい時にはとても困りますね。

先日の場合はたまたま乗り合わせた電車がそうであっただけかもしれませんが、JRでは男性ベテラン車掌さんの案内は前述したとおりで全体的にボソボソ声で聞き取りにくく、また若い車掌さんの放送はマイクを咥えて喋っているのかと思うほどの耳をつんざくような大きなボリュームで、寝ている赤ちゃんがビクッとするほどでした。

一方乗り継いだ阪急電車ではすべて男性の車掌さんでしたが、ハッキリとした声のトーン、話し速度、ボリューム、案内放送の内容と、どれひとつをとっても、車内放送に必死に耳を傾けている年老いた乗客にまでしっかりと伝わるような放送で電鉄会社の乗務員教育が行き届いていると感心しました。

モチロンJRの車掌さんすべてがこうであるわけではないでしょうし、また阪急電車の車掌さんの中にもこんな素晴らしい案内をされる方ばかりではないと思います。

JRでも新幹線の乗務員さんに限ってはとても聞き取りやすく、案内放送の教育がちゃんとなされているといつも感じます。

乗客への思いやり、そして乗客はお客様――すべての電車の車掌さんにこの原点を忘れないで案内放送をしてもらいたいと思ったものでした。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、昨日の神戸新聞の夕刊に、たまたま電車の案内放送に関する記事がありました。

「ドアが閉まります」「ドアを閉めます」――電車の扉は閉めるのか?閉まるのか? 鉄道各社で言い回しが混在しているという記事でした。

先日の乗車では、そこまで気に掛けていなかったのでどんなふうに言っていたか憶えてはいないのですが、JR西では混雑時など時間帯などによって使い分けをし、阪急や阪神では「閉まります」派であるといいます。

確かに今までJRでも私鉄でも「ドアが閉まります。閉まるドアにご注意ください」という案内放送はよく聞きました。これはやんわりと閉まるドアに責任を持たせたような言い方ですし、「ドアを閉めます」というと、何かしら強く冷たく突き放されたようにも聞こえます。

賛否両論あるかもしれませんが、ラッシュアワー時や駆け込み乗車などを制止するには、むしろ後者のほうがいいのかも知れませんね。

        kobe_np撮影:神戸新聞長嶺麻子さん
        安全第一。車掌の案内放送は 
        車内だけでなく、ホームにも響く
        (神戸市中央区、JR三ノ宮駅)

神戸新聞の記事
  ↓

[続きを読む]

先生の資質
「でもしか先生」――昔こんな表現をされた時代がありました。

先生にでもなろうか・・・
先生にしかなれない・・・

こんな先生のことを「でもしか先生」と言いました。

最近校長先生や教頭先生が、自らを格下げしてヒラ先生にしてほしいと陳情する珍現象が起きています。

役職を持つ先生に、半端じゃない仕事量と重い責任が課せられ、肉体的にも精神的にも苦痛を虐げられているのです。

かといって、ヒラ先生になればこれらが解消するのかというと必ずしもそうとは言えません。ヒラ先生はヒラ先生なりに別の重責があるのです。

今、先生は子どもと接する時間が極端に減っています。子どもと接する時間――これは勉強以外で子どもと接する時間のことです。

ゆとり教育という言葉が一時流行りました。これは子どもと遊ぶ時間も含めてのゆとり教育なのですが、今の先生は仕事が多すぎるのです。

直接子どもに関係する教科指導や生徒指導などは当然のことなのですが、それ以外に教育委員会への調査報告や連絡協議会への参加・出席、学校行事の準備や学校施設の点検業務など、子どもに直接携わらない目に見えないところでの仕事が目白押しです。

そんなことで、先生方のほうがゆとり不足で子どもと遊ぶ時間がありません。

2007年以来全国の小学6年生と中学3年生が強制的に受けさせられる「全国学力テスト」の政策により、学校側は子どもたちの成績があがれば学校の評価もあがると、漢字ドリルや計算ドリルを優先して実施しており、勉強以外のゆとり教育がおざなりになっている状況です。

この学力テストをめぐっては、「学力向上のため市町村別の正答率を開示し、学校と地域が教育現場の課題を共有することが必要」と本来の主旨に賛同する意見から、「子どもは点数だけでは評価できない」とする反対意見まで、小中学校の先生間において、また県や市町村の教育委員会のあいだにおいても意見が分かれるところではありますが、仮に小さな市町村が非開示と決めても強い都道府県から圧力が掛かり、力関係で開示を余儀なくされる場合もあります。

教育委員会クソ喰らえ、校長先生何者ぞと噛みついて、子どもたちがのびのびと楽しく笑って通える教室、学校を作り上げることに努力を惜しまない――そんな先生がもっともっと必要ではないでしょうか。反骨精神を持ったバンカラ先生がどんどん現れることを願って止みません。

でもしか先生ならぬ、だから先生とでも言いましょうか、この先生だからできるという・・・そんな先生がいる学校に通わせたいな、ウチの孫。



丁度よい
1

私が仕事で愛用している黒革のちいさな手帳です。
この手帳のサイズが「丁度よい」・・・いえ、そういう話ではありません。

私は手帳の後ろのメモページ欄に、最近はあまりやっていませんが、以前は気になる新聞記事を見つけたら切り抜いて貼り付けていました。

3

その1ページに、2002年2月16日の朝日新聞の家庭欄「ひととき」に掲載された少し黄ばんできている投稿が貼ってあります。

愛媛県東予市の徳永ヒデミさん(主婦、当時66歳)の投稿で、タイトルは「丁度よい」。

以下「ひととき」の投稿文全文です。

 大腸がんの検診で内視鏡検査を受けた。がん細胞はなかったものの、ポリープが一つあり、切除してもらった。良性か悪性かの病理検査に、1週間を要した。

 気の小さい私だけに、「がん化していました」と宣告されたらと疑心暗鬼が生じて、夜も眠れず、古希の夫に当たり散らした。

 たまりかねたのだろう、夫は良寛さんの「丁度よい」という詩を半紙に書いて、冷蔵庫のドアに張り付けた。嫌でも私の目の中に飛び込んでくる。

「お前は、お前で丁度よい。顔も体も丁度よい。・・・・・幸せも不幸も喜びも悲しみさえも丁度よい。・・・・・地獄へ行こうと極楽へ行こうと、行ったところが丁度よい。・・・・・死ぬ日月さえも丁度よい・・・・・」。時に厳しく時に優しく、凡愚の私に語りかけてくれた。

 名のある禅僧でありながら粗末な庵に住み、子どもたちと手まりをついて遊ぶなど、超世俗的な一生を送ったと伝えられる良寛さんだけに、その珠玉の言葉は私の取り越し苦労を一気に吹き飛ばしてくれた。あるがままに生きたらよいのだ。

 1週間後、私は病院に向かった。検査の結果は良性と出た。確かにうれしかったが、子どもみたいに舞い上がったりはしなかった。良寛さんのおかげで少し大人になっていたのだろう。



2

実はこの投稿を読んだ時、省略している「・・・・・」の部分を知りたくて、インターネットを開きました。

「良寛和尚」「ちょうどよい」――この2つの言葉で検索すると、すぐに見つかりました。


 ●良寛「丁度よい」

   お前はお前で丁度よい
   顔も体も名前も姓も
   お前はそれは丁度よい
   貧も富も親も子も
   息子の嫁もその孫も
   それはお前に丁度よい
   幸も不幸も喜びも
   悲しみさえも丁度よい
   歩いたお前の人生は
   悪くもなければ良くもない
   お前にとって丁度よい
   地獄へいこうと極楽へいこうと
   いったところが丁度よい
   うぬぼれる要もなく卑下する要もない
   上もなければ下もない
   死ぬ日月さえも丁度よい
   お前はそれは丁度よい



最近、あらためてこの詩に接し、実はこれが良寛さんの詩ではないことを知りました。

そのサイトによると、「丁度よい」は、石川県野々市町三納1145-2にある真宗大谷派常讃寺の坊守藤場美津路(ふじばみつじ)さんが月に一度発行している寺報「法友」の1982年2月号に【 仏様のことば「丁度よい」】という題で掲載されたものであり、藤場さんによると、仏様の声が頭の中に聞こえてきたので、そのまま書き取り信者さんたちに配ったところ、その後どんどん繰り返し書き写されて全国的に広まっていったということです。


いつしか題も「丁度よい」だけになり、原詩にある最後の5行が省かれ、良寛さんの詩として親しまれるようになったようです。


こちらに藤場さんが書かれたという原詩のほうも載せておきましょう。最後の5行以外にも上の詩と少し違うところがあります。


 ●仏様のことば「丁度よい」

   お前はお前で丁度よい
   顔も体も名前も姓も
   お前にそれは丁度よい
   貧も富も親も子も
   息子の嫁もその孫も
   それはお前に丁度よい
   幸も不幸もよろこびも
   悲しみさえも丁度よい
   歩いたお前の人生は
   悪くもなければ良くもない
   お前にとって丁度よい
   地獄へ行こうと極楽へ行こうと
   行ったところが丁度よい
   うぬぼれる要もなく卑下する要もない
   上もなければ下もない
   死ぬ月日さえも丁度よい
   仏様と二人連の人生
   丁度よくないはずがない
   丁度よいのだと聞こえた時
   憶念の信が生まれます
   南無阿弥陀仏



原作者の藤場さんは、「間違われた良寛様も苦笑なさっておられるのでは。この詩は自己否定の苦悩の中に聞こえた仏様の慈愛の言葉です。安易な現状肯定ではありませんと、話しておられたようです。



電車の座席で・・・
敬老の日の日経新聞の『春秋』欄に、優先座席に1人だけ座れたご夫婦の話が書いてありました。


  夜の地下鉄で座れずに立つ婦人の姿を見かけた。
  年齢は70代か。きちっとした身なりで背筋を伸ばし、
  優先席の前で立っていた。1人だけ座れたご主人が
  見上げていた。拉致問題で奮闘を続ける、
  横田早紀江さんと滋さんの夫妻だった。

   優先席は少し前まではシルバーシートと呼ばれた。
  白髪を思わせる名はどこか高齢者を遠ざける響きがあった。 
  今は体が不自由な人や妊娠している女性にも席を譲る
  ことになっている。なってはいるが強制はできない。
  お願いするばかりの車内放送は虚(むな)しい。
  誰も顔を上げないから横田さんだと気づく人もいない。



ところで、この『春秋』のお話を二日間の小旅行の帰宅後に読んで、私たちがこの旅の道中で遭遇した電車でのことが想いだされました。

私たちは、東京にいる娘の舞台公演の観劇に、家内と二人で20日早朝に東京へ向かいました。
a c
新幹線で日帰りの予定だったのですが、千葉にいる孫が22日に3歳の誕生日を迎えることと、またお嫁ちゃんの誕生日がちょうどこの日であったことから、せっかくだから会っていってお祝いをしてあげようと直前になってから計画を変え、一泊して帰ってくることにしました。行った日はホテルの近くのお店で食事をし、翌日孫の家でお昼過ぎまで一緒に過ごして帰って来ました。


実は、この東京圏往復中に電車での話題が5つもありました。

◇◆先ずは20日、娘の舞台が終わって孫に会いに行く途中、上野から常磐線快速電車に乗り、途中で普通電車に乗り換えたところ空いている座席がなく、家内と二人で乗降口横のポールに掴まっていました。
すると、ポール横の座席に座っていた60歳前後の方が、「次で降りますから」と言って、孫のプレゼントを抱えている家内に席を譲ってくれようとしました。「私たちも○○駅までですから」と、丁重にお断りをして席に戻って頂きました。でも、その方が降りられた駅は次の駅ではなく、私たちと同じ駅まで乗っておられたのです。
次の駅で私たちも座ることができ、お声を掛けて下さったご親切に感謝をした次第です。



◇◆翌日敬老の日、朝食後ホテルを出て、孫の家へ向かいました。
道中の武蔵野線は混んでいて、私たちを含め、立っている乗客が大勢いました。その中に少し先の方に赤ちゃんを抱っこして吊り革に掴まっているお母さんがおられましたが、前に座っている誰もが、最後まで席を譲ってあげようとはしませんでした。
前に座っている若者達は誰も携帯のメールに夢中になっていて気がつかないのか、それとも目を合わせるのを避けて下をむいているのか・・・。


孫の家では、デコレーションケーキに3本のキャンドルを立て、楽しいお誕生日の一時を過ごしました。
   1



◇◆そして、孫の家を後にして東京へ向かう総武線で、優先座席ではありませんでしたが、途中私たちの隣の座席が空きました。その向こうに20代後半の女性が一人座っていて、その先の座席も空いています。
そこに乗り込んできた20代前半の若いカップル、男性が前に座っている女性の前で無言で手を右から左へ勢いよく振りました。手を振られた女性は、咄嗟のことでワケが分からなかったのだと思います。反動的に席を移動されました。
この移動させた男性も、連れの女性も「ありがとう」「すみません」の一言も言わず無言のまま並んでそのつながった空席に座りました。移動させられた女性は、その後、降りるまでこの二人の顔を呆れ顔でずっと眺めていました。
私たちもその光景を見ていて、アゴで「どけっ!」と促したのとなんら変わりがないと驚いてしまいました。手振りで促すのではなく「すみません、連れがいますので、隣の席へ1つ譲っていただけませんか?」と声を掛けるべきでしょう。
この女性も状況を察して自ら移動してあげるべき点はあったでしょうが、あまりの唐突さにその気があったとしても、指図されたのが気がつく前だったのか、或いは余りにも咄嗟のことで間に合わなかったのかもしれません。



東京駅では途中下車をし、丸ビル、新丸ビルに寄り、ウインドウショッピングをしてきました。丸ビルのMARUCUBEイベント会場では、1階はもちろんのこと、2階、3階、4階と吹き抜けのガードフェンスを囲んで大勢の人が誰かを待っています。
2 3

そのうち、キャーーッという声とともにライブ演奏が始まりました。どうやら、お目当ての人は、歌手の藤井フミヤさんだったようです。丸ビルで行われている「アニバーサリーイベント」に出演して新アルバム「F's シネマ」(30日発売)のPRを兼ねたイベントライブを行ったようです。ヒット曲「TRUE LOVE」など全8曲を熱唱し、大きな拍手を浴びていましたが、4階のガラス越しにその演奏姿をチラッと見ましたが、余りにも遠くて、顔の表情どころか、誰なのかさえも分かりませんでした。私のカメラには15倍の望遠で撮した決して若くない47歳のオジサンが写っていました。(笑)
    4



◇◆さて、夕方7時過ぎ東京駅発の新幹線のぞみで帰路につきましたが、予約した列車が新大阪泊まりであったことや、連休の中間日であったことも幸いして座席はガラガラでした。
どこもかしこも空席だらけのガラガラの車両にも拘わらず、何故か偶々、私たちの前の座席に赤ちゃん、幼児、小学生を連れたご家族が新横浜駅から乗り込んできました。早速前々席のシートの向きを変え対面席にし、二人の男児をそこに座らせ、30代半ばと見られるご両親は私たちの前の席に座られました。
お子さん連れなので賑やかなのはこの上なく、そして、しばらくした後、いきなりリクライニングシートをいっぱいまで倒されました。私たちはテーブルにお弁当を広げ、焼酎の水割りなどを飲んでいましたので衝撃に慌てましたが、倒す前に一声掛けるのが礼儀ではと困惑した次第です。

子どもさんがおられるので、どうしても騒がしくなるのは仕方がありません。でも、京都で降りられるまで、必要以上に騒がしく、それをいさめるでもなく、ご主人も、子どもさん二人も、隣の空いている3人掛けのほうへ移動してみたり、そちらの座席のシートを倒したり、その席のテーブルを出して細い支柱が曲がるんじゃなかろうかと思うほどに、その上に赤ちゃんを乗せてユサユサと遊ばせたり・・・。揚げ句、帰りには自分たちの席を含めどの席のシートも元の位置に戻さずそのままにして降りて行きました。
途中、子どもさんたちが落としたジュースやお茶のボトルやキャップが何度か転がってきて拾ってあげたりしたので、帰り際には無言で軽く会釈だけはして行きましたが・・・。



◇◆新幹線で新大阪まで帰って来て在来線に乗り換えました。
座った席の隣りの席が空いていました。その向こうに40代の男性が座っており、その先の席も1つ空いています。そこへ乗り込んできた20代前半の若いカップル。ここまでは昼間の東京の総武線の時と全く同じロケーションです。
男性は連れの女性に、私たちの隣の席に座るように促し、自分はその女性の前に立っています。その後電車が動き出しても中年男性の1つ先の席は空いたままです。若者も1つ譲って下さいとお願いもしませんでしたが、この中年男性も最後まで席を譲ってあげようとはしませんでした。


今回私たちが遭遇した5つの出来事に、我が家の場合を重ね合わせてみると、親バカかもしれませんが、ウチの3人の子供たちとお嫁ちゃんは、どの子も十分に気配りが出来ると思いますし、また反対の立場の時はお礼も言えると思います。そして、子どもを連れているような時には、必要以上に騒がないようにと子どもを諫め、それでも騒ぐ時は、周りの人に「申し訳ありません」とお詫びを言って、すぐにデッキなど迷惑が掛からない場所に移ると思います。今回のように目を覆うようなことは考えられないね、と帰ってから二人で話したものです。

今回遭遇した若者達がこんなふうなのは、矢張り彼らの親の躾けに問題があると思う・・・とオクチャマは言います。

なんだか、淋しくなりますね。

因みに7人掛けの座席でも8人座れるようにしてあげたいと思っているウチのオクチャマです。窮屈で誰も座りたがらないでしょうが・・・。(笑)


   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

春秋(9/21)全文
 夜の地下鉄で座れずに立つ婦人の姿を見かけた。年齢は70代か。きちっとした身なりで背筋を伸ばし、優先席の前で立っていた。1人だけ座れたご主人が見上げていた。拉致問題で奮闘を続ける、横田早紀江さんと滋さんの夫妻だった。
▼優先席は少し前まではシルバーシートと呼ばれた。白髪を思わせる名はどこか高齢者を遠ざける響きがあった。今は体が不自由な人や妊娠している女性にも席を譲ることになっている。なってはいるが強制はできない。お願いするばかりの車内放送は虚(むな)しい。誰も顔を上げないから横田さんだと気づく人もいない。
▼横浜市の市営地下鉄は6年前にシルバー席を廃止した。「全座席が優先席」という、人の善意を信じる考え方である。当時の中田宏市長は「お互いが譲りあえる社会を作っていく大実験」と語った。その夢が実現するのはいつの日か。「以前に比べて席を譲ってもらえなくなった」と嘆く高齢者の声が寄せられる。
▼必死に求人誌を読む中年男性。疲れた顔のスーツ姿の女性。寂しげに携帯を眺める若者。立てない理由は頭の中に山ほどあるだろう。横田さんだから席を譲るべきなのではない。全席が無理ならせめて優先席では思いやりを忘れたくない。毎日が無理なら、せめて敬老の日には人生の先輩への敬意を思い出したい。


仲間やブレインが、いるかいないかで大違い・・・
こういうのを負け犬の遠吠えというのでしょうか。

「選挙の時期は間違っていない・・・」。

自民党惨敗を喫した麻生首相は記者会見でこう語り、その席で総裁辞任を正式に表明しました。また、自民党の首班指名については、今の段階では(出馬するかしないかは)まだ考えていない、と曖昧な表現も。はっきり言わないってことは、この期に及んでまだ未練があるのでしょうか?

一方、新人議員143人を含む308もの議席を獲得した民主党は、これだけ大量の新人を抱えて果たして国会を乗り切れるかと、逆に勝ちすぎに困惑気味です。

4年前に新人83人を選出した小泉自民党。今回はこのうち65人が小選挙区に立候補しましたが、再選された10人のうち小選挙区ではたったの3人しか再選を果たしていません。

小泉チルドレンの二の舞にならないようにと、鳩山代表は「数のおごりを捨て去らなければならない」と、新しい政権を担う党の代表として気持を引き締めます。

アメリカのオバマ氏は、スローガン「Change」を掲げて今の大統領の地位を確立しました。民主党も「政権交代」を唱え、同じ「Change」にチャレンジし民意を反映して得票数を伸ばしました。

今後、民主党は 民意をどこまで汲めるか、期待するところです。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ところで、そのオバマ大統領には、スピーチライターとして陰でオバマ氏を支え、ともにホワイトハウス入りをした若きブレイン、ジョン・ファブロー氏がいました。(2009.1.13付 拙記事 クリック

時の要人には、それを支えるブレインが必ずいますね。 遠く中国の三国時代では、蜀の国の劉備を支えた諸葛孔明はあまりにも有名です。NHK大河ドラマでも話題になった「風林火山」で武田信玄を支えた山本勘助、同じく「天地人」で上杉景勝を支えた「直江兼続」もしかりです。

どんな英雄も一人では戦えません。支持者、支援者に加えて、多義にわたって知恵や理論、交渉などを担ってくれる仲間も大事ですし、また肝心要めなところで適切なアドバイスをしてくれるブレインの存在は、その要人にとって切っても切れない女房役と言えるでしょう。

残念ながら、先の自民党党首には、このブレインがいませんでした。同じ党内でも右を見ると敵ばかり、左をみると足を引っ張ろうとする魑魅魍魎、こんな連中に囲まれて、たった一人ぼっちの世界で、自分の意見すら通させてもらえず、例えば一旦公表した政策も上からの圧力で途中で内容を変えざるを得ず、揚げ句、「ぶれる」と言われ続けて・・・、考えようによってはかわいそうな首相でもありました。

こんな麻生首相とは反対に、鳩山代表には党の顔として表立っては出てこない裏方のブレインがちゃんといるのです。

その人は平野博文役員室長。

自らして名前をもじり、「私は、”裏の博文” ですから・・」と語る平野室長。 オバマ氏の27歳の若きブレインとは違い、こちらは百戦錬磨の60歳。いつもピッタリと鳩山代表に張りついていて、女房といる時間よりも長く一緒にいると、鳩山代表に言わしめるほどに裏方に徹してアドバイスを送っている人物です。

時には、「あまりだらだらと長く喋るな。喋るとその部分を突っ込まれ、余分な弁明をしなければなくなる」と忠告もします。

「官僚とどう向き合っていくか」

脱官僚の3文字が、これからの政策の最重要ポイントになると思いますが、平野氏はその脱官僚対策について「手の内は明かさない。官僚のほうが賢いから」と、秘策を明かしません。

一方、マスコミが取材したところによると、国土交通省、経済産業省、防衛省の官僚のトップ連中は表向きは一様に政権に従うと発言していました。しかし基本的には、「時の政治家に左右されたくない」というのが官僚たちの本音でしょうね。

さて、その官僚たちの牙城を鳩山政権は、どれだけ崩すことができるのでしょうか。

今回の政権は官僚との闘いでもありますね。


余談ですが・・・、
参議院議員 民主党 蓮舫 (レンホウ )さん。ここのところ、あまり姿を見なかった私の好きな蓮舫さんが、よくテレビ出演するようになりました。(嬉)

もうひとつ・・・
オクチャマ、この記事を読んで、
私duoには、いいブレインがついていてよかったねって。
いいブレインって・・・誰のこと?
えっ? あっ、はい。その通りでごぜえますだ。(汗)




知らないのに聞かない事が恥なのである     知らないという事と忘れたという事は違う
またまた、こうめいさんの記事からのトラバ・・・いや、パクリです。(スミマセン=汗)

先日、こうめいさんのところに――
 わからない事は聞くことである。
 わかっている事でも、もう一度聞いてみることである。
 知らないのが恥ではない。
 知らないのに聞かない事が恥なのである。

という記事がありました。


法政大学で教鞭をとられた随筆家の内田百先生の言葉に――
 知らないという事と忘れたという事は違う。
 忘れるには学問をしなければならない。
 忘れた後に本当の学問の効果が残る。

という名文があります。 
                   
「学問はむしろ忘れるためにする。はじめから知らないのと、知った上で忘れるのでは雲泥の差がある。学問がその人に効果を発揮するのは忘れた後。学問をするのにすぐ役に立つかと言うことばかり考えるのは堕落の第一歩だ。」 (『学生の家』)

「社会に出て役に立たぬ事を学校で講義するところに教育の意味がある」と仰る百先生。


こうめいさんのところの「知らないのに聞かないことが恥」、そして、百先生の「知らないという事と忘れたという事は違う」という二つの名文。

男は・・・いや、私だけなのかも知れませんが・・・どうしても格好をつけて知ったかぶりをしてしまいます。後で化けの皮が剥がれて大恥をかくこともあります。 

知らないのに聞こうともせず、忘れたのではなくハナから知らないことばかりの私のカボチャ頭・・・どちらの言葉も身につまされます。(トホホ

今更、この老体にムチ打って、かたい頭にたたき込めるような学問もできませんが、少なくとも分からないことは、ちゃんと聞いて教えてもらうことにします。謙虚に、謙虚に・・・。 はい。(滝汗)




平均寿命が延びて・・・これって、喜んでいいのでしょうか?
日本人の平均寿命がまた延びました。

女性は86.05歳、男性は79.29歳。
女性の寿命は24年連続で世界一だとか。

男性は1位のアイスランド(79.6歳)、2位の香港とスイス(79.4歳)に続き4位となり、07年の3位からスイスに抜かれて4位に下がりました。

平均寿命が延びた理由は、医療水準の向上で3大死因とされるガン、心臓病、脳卒中の死亡率が下がったことが要因で、交通事故死が減ったことも影響しているそうです。

それにしても、高齢者にやさしくない日本で、こんなに平均寿命が長くなって、おまけに少子化を改善するような政策を何一つとらないこの日本で、これから先いったいどうなるんだろう・・・。いや、どうするんでしょう。

次期政権を担うであろう民主党に期待してもいいのでしょうか?




「ひめゆりの塔」 と 「乙女の碑」
第2次世界大戦末期の1945年(昭和20年)、アメリカ軍との地上戦となった沖縄戦から64年の慰霊の日を迎えた23日、教員などを志しながら軍に動員され、負傷した兵士の看護などにあたり、多くの犠牲者を出した「ひめゆり学徒隊」を悼む慰霊祭が、沖縄県糸満市の「ひめゆりの塔」と「沖縄師範健児之塔」で営まれたとテレビで伝えていました。

当時、従軍看護要員として、沖縄師範女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒と職員で、学徒看護隊が組織されました。このひめゆり部隊、総勢297人のうち、職員16人、生徒208人が戦死しました。

そして、最大の犠牲を出した伊原第三外科壕跡に慰霊塔「ひめゆりの塔」が建立されたのでした。

天皇陛下は、陛下が皇太子の頃から、沖縄戦終結の日、広島、長崎の原爆投下の日、終戦記念日を「どうしても記憶しなければならない4つの日」として毎年黙祷をささげておられるそうです。

私は、天皇陛下の「どうしても記憶しなければならない4つの日」に加えて、「もう一つ忘れてはならない悲劇の日」があると思います。それは、「北のひめゆり」と言われている「真岡電話局」を死守した9人の電話交換手の自決の日です。

ソ連軍に侵攻され、無念の思いで故郷、樺太を追われ、帰りたくても帰れない望郷の思いを託して建立された「氷雪の門」の隣りに、「乙女の碑」が建てられています。

8月15日に終戦を迎えたにもかかわらず、その5日後(8月20日)にソ連軍の攻撃を受けた真岡電話局(正しくは真岡郵便局)の9人の乙女の死を悼んだ慰霊の碑です。

戦争の悲劇を後世に伝えるために、交換手姿の乙女の肖像レリーフと、最後まで職場を守った交換手の言葉、「皆さんこれが最後です さようなら さようなら」が刻まれています。



これに関する詳しいお話は、「ある通信兵のおはなし」を執筆された三好照雄氏が、その中の第117話「氷雪の門」で詳しく解説しておられます。

ここにその一部を抜粋させていただきました。

――ポツダム宣言を受諾して戦争は終結したにも関わらず、ソ連軍は樺太の国境線を越えて南下を続けていました。8月20日には、樺太南端の真岡市に上陸して街を蹂躙しました。

この時、最後まで残った9人の女子決死隊が電話局を死守し、本土との電話回線を確保していましたが、ついに電話局が砲撃を受け、全ての電話線がソ連軍により切断されました。

回線が切断される直前の悲痛な電話、
「これが最後です。さようなら、さようなら」
を最後に、9人の乙女達は青酸カリを飲んで自決したのです。

最期の通信は、責任者であった可香谷(よしがだに)シゲからの無線でした。
「ワレニンムヲオエリ。サヨウナラ。サヨウナラ。サヨウナ・・ラ」
彼女は服毒後、最後の力を振り絞ってキーを叩いたようです。



その後、この悲劇は、「氷雪の門」というタイトルで映画化されましたが、参戦の事実が明らかになることを恐れた当時のソ連が、日本政府に対して劇場公開を中止するよう圧力をかけ、結果的に配給会社は上映を中止した、と三好照雄氏は書いています。

情けない態度です。 せめて、北方領土を4島無条件で返還するなら、上映を中止させるとぐらい言えなかったのでしょうか?




「ドブログ」と同じ運命をたどらないとも限らない NTTデータの「 ビズ インテグラル」
NTTデータは中堅企業のシステム構築を支援するため、新たに新会社「NTTデータ ビズ インテグラル(仮称)」を6月1日付で設立します。

NTTデータは、単体の売上高が横ばいになっており、今後も成長を続けるには中堅企業向け市場の開拓が急務と判断したと今日の日経新聞に掲載されていました。

NTTデータ・・・ねぇ・・・。

この会社が運営する無料ブログ「Doblog」は2月7日に障害が発生して、4月の下旬まで結局復活出来ずに障害発生前日のバックアップデータを用いて約1ヶ月間 5月30日まで一時的に再開しています。

これは、ドブログユーザが閲覧者にブログ移転先をお知らせするための緊急措置で、はっきり言って障害を復旧出来なかったからにほかなりません。

そして、その揚げ句――
<サービス終了のお知らせ>
復旧作業の終了を受け、今後のDoblogについて検討した結果、Doblog開設時の目的である、ブログシステムを構築するための技術的知見、およびコミュニティサービスを運用・運営するためのノウハウの蓄積については十分に達成できたものと考え、サービスを終了するという判断をいたしました。

というコメントを残して、あっさりと撤退を決めてしまったのです。

取り残されたブロガーは寝耳に水で、慌てました。NTTデータがコミュニティサービスを運用・運営するためのノウハウの蓄積については十分に達成できたからとありますが、あまりにも一方的で、取り残された利用者側の大事なデータはどうなるのでしょう?

過去の記事も消されてしまうのか、そこまではネット上に残してもらえるのか、それすらわかりません。

ブロガーにしてみれば、日々日常の他愛ない記事もあるかも知れませんが、自分なりに振り返って読み直してみたいと思う大事な記事もあります。

単に他のブログにエクスポートして引っ越せばいいという問題ではないと思うのです。せめて、過去のデータは、NTTデータを信頼して、支えながら書き綴って来たブロガーに敬意を表してネット上に残しておくことが最低限のスジだと思います。

ブロガーの信頼を裏切って、継続を打ち切るなんて無料ブログだから許されるというものでもありません。

そんな、利用者を大事に思わない非情なNTTデータが、新会社を設立して中堅向けにシステムを構築すると言います。

もしうまく行かなかったらまた放り出すのでしょうか?中堅企業向けというのがミソで、大企業では、放り出しにくいというところまで考えての事かと勘ぐりたくなります。

「一事が万事」という成句があります。

Doblogの障害が、NTTデータの技術では最終的にうまく修復できなかったことは百歩譲ったとしても、もし利用者を大事に思ってくれるなら、せめて罪滅ぼしのためにも過去の記事はネット上に残しておくべきだと思います。そういうサービス精神の蓄積こそが顧客第一に考えている証拠となり、最終的に有料サービスにおいて成功する秘訣ではないでしょうか?





高速道路値下げの陰に弊害が・・・・       この値下げは旧日本道路公団の借金返済劇か
定額給付金のゴリ押しに続いて、いよいよ3月28日からETC(自動料金収受システム)搭載車対象の高速道路の値下げが始まりますね。

明石海峡大橋を含む本州四国連絡高速道路(本四高速)=神戸淡路鳴門、瀬戸中央、西瀬戸の各自動車道)と東京湾アクアラインは、これに先駆けて今日から地方部の道路代とは別料金で休日上限1000円となります。阪神高速や首都高速の独自割引や別料金区間をまたぐ場合の算定料金など例外を含む複雑な料金設定に本四高速や西日本高速への問い合わせはこの1週間で約7万件にも達したようです。

地方の自治体や観光地ではイベントや施設割引を計画して観光客の誘致にやっきになっているところもあるようですが、これに伴う問題や弊害も、今まで政府が唱えてきた環境問題に逆行をすることをはじめとして、その他にもないわけではありません。

先ずはETC車載器を搭載せず現金で支払っている人たちにはなんら恩恵を被ることができないということです。それに、昨今の風潮である若者の車離れで車を持っていない人にとっても何のメリットもなく、また土日祝日にお休みを取れない仕事に従事している人たちにも利用できる制度ではありません。この制度による値下げは普く国民に平等に価値を還元することが出来ないという事です。

今まで車でドライブに出かけていた人たちも、道路代が大都市近郊区間や首都高・阪神高速、本四連絡橋、地方公社の有料道路を除いて地方部の道路は全線1000円となると、週末、休日の道路は渋滞を来たし、今までのようにはスムーズな走行は出来なくなるでしょう。

ETCの車載器の生産が追いつかずカー用品店では品切れ状態が続き入荷時期の見通しも立たないそうで、「高速道路交流推進財団」が実施する3月末までの購入助成の補助(助成額5250円)を受けられない状況が続いているそうです。

国土交通省は「ここまで需要が供給を大幅に上回るとは思っていなかった。4月にまたがっても混乱がないよう助成できるのが望ましい」と見通しの甘さを認めています。これを受けて財団側は当初3月末日までの助成台数を約10万台と見込んでいたようですが、大幅な見込み違いに助成期間の延長を前向きに検討し、3月中は台数に関係なくすべて助成し4月以降も100万台に達するまで継続すると昨日の連絡会議で正式発表致しました。

また、現在ETCゲートの設備は全ての料金所で設置されていますが、地方では1つしかない料金所がほとんどです。通過するだけとはいうものの時速20kmに落としての通過は入口・出口での渋滞も長蛇の列を引き起こしかねないと思いますし、インターチェンジにつながる一般道路も渋滞をまぬがれないでしょう。

それに、他の陸路、空路、海路の交通機関も少なからず影響を受けるでしょう。例えば、フェリー会社。 神戸や大阪から九州に向けて夜出発して明朝到着するフェリーは道路代やガソリン代、車の消耗を考えれば、交通事故、運転疲れなどがない利点もあり、従来は高速道路と棲み分けていました。

しかし、道路代が阪神高速や大都市近郊区間を含めても2000円以下で九州の最南端まで行けるとなれば話は変わってくるでしょう。そして、これに対抗するためにはフェリー会社の値下げも余儀なくされます。場合によってはフェリー会社の存続、生死にも影響してきます。

現行の道路代の50%引きとか70%引きという設定ではなく、何故に大都市近郊区間以外の地方部ではどこまで走ってもたった1000円なのか?他の交通機関をいじめてまでも1000円とした真意はどこにあるのでしょうか?

そのあたりの理由を私なりに考えて見ました。

旧日本道路公団はその放漫経営の末に巨額の借金を残し民営化されました。棚上げされたその借金を自助努力で返すことはできるのでしょうか?

お上はこれを税金を投入してきれいにしたいと考えました。しかしこれには、単に税金をつぎ込むのではまた世論の批判を浴び、反対されます。

そこで悪知恵の働く政官界の連中は考えました。

いまは急速な景気悪化に伴って観光地への人の流れは止まっています。しかし、ほんの僅か、かたちだけ消費者に道路代を負担をさせ、残りの90%近くを税金で賄うことが出来れば高速道路を走る人は必ず増えると。利用者の負担額が少ないほど高速道路を走る人は増え、そうなればなるほど膨大な税金も投入出来ると。膨大な税金を投入してもそれを景気浮揚対策と銘打てば隠れ蓑にもなると。そんなかたちで税金を投入して借金を減らそうとしているのが見え見えです。


バカな消費者はただただ喜び、われもわれもとETCを取り付け、現在車全体のたった3割にとどまる搭載車もこれを機に一気に伸びるであろうし、一挙三得ではないかと頭のいい人が知恵を絞って考えた借金返済劇なのでしょう。





白洲次郎の赤紙に、裁判員制度が重なって・・・
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2月初めに大丸神戸店9階の「大丸ミュージアムKOBE」で「白洲次郎と白洲正子展-動乱の時代を美しく生きる-」 クリック を観てきて、そのテーマと私が受けた感想を拙ブログに掲げたのですが、残念ながらブログ提供元(Doblog)のハードウエアが壊れたため、この記事を含めた直近半年間の記事がすべて飛んでしまいました。

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3月に入ってNHKドラマスペシャルで3部作「白洲次郎」 クリック が放映されています。

先週の土曜日(3月7日)は、第二部がWBC韓国戦のウラで放映されたため、ビデオに録っておいて今日これを観たところです。

白洲次郎は、英国流ダンディズムを貫き通し、英国仕込みの紳士道をプリンシプルと呼び、戦後の混乱の中、凛とした姿勢でGHQとの折衝に臨み、アメリカ軍に「従順ならざる唯一の日本人」と恐れられ、戦後の日本復興に尽力を尽くしました。日本で初めてジーンズを履き、夫婦円満の秘訣は「一緒にいないこと」と語る真のリベラリストで、戦前は近衞文麿首相のブレーン、戦後は吉田茂首相の側近となってGHQとの折衝に奔走し政治の中枢にいました。

そのNHKのドラマの中で、白洲次郎が疎開先の武相荘で畑仕事をして自らが栽培した大根など野菜類を持って、駐英武官陸軍中佐、辰巳栄一の自宅を訪れるシーンがあります。

しばらく親しげな会話を交わした後、胸の内ポケットから赤紙を取り出し「ところで、私のところにこんなものが来た。40歳にもなる自分のところに赤紙が来るようではこの戦争も終わりだ」と言う次郎に、辰巳は次郎の来訪の目的を察知して、「白洲さん、そういうご相談でしたか?だとしたら早々にお引き取り願いたい。私のような立場にいると各方面から徴兵免除の嘆願がある。例え貴方でも例外的に扱うわけにはいきません。多くの国民が誇り高き魂を胸に戦地に赴いている。恥ずかしいと思いませんか?私は貴方をもっと高潔な方とかいかぶっていた」と伝えます。

すると次郎は「辰巳さん、貴方の仰ることは尤もです。でも僕は僕の生活の一片たりともこの戦争には差し出したくはない。先日、僕の農業の師匠である青年の処にも赤紙が来た。何故彼が兵隊に取られなければならないのか? 彼は軍人ではありません。優れた百姓だ。農民として生きてこそお国に貢献できるはずです。人間にはそれぞれ天から与えられた本命がある。外交のプロでもない政治のプロでもない軍人たちが口を出し、本来避けることのできた戦争が始まった。そして本来失われる必要のなかった多くの人々の生命が失われた。これ以上に情けない馬鹿げた話がありますか? 誰が何と言おうと僕の信念は変わらない。この無謀な戦争に兵隊としてかかわる事は僕に与えられている役割ではありません」と。


          はさみ はさみ はさみ はさみ はさみ はさみ はさみ はさみ

実はこのシーンを観て、そしてこの会話のやりとりを聞いて、私はこの5月から始まる「裁判員制度」のことが脳裏をかすめました。

特別な理由がない限り有無を言わせず強制的に国民全員に刑事裁判の審理に参加させる裁判員制度――明らかに裁判員になることができない人や,1年を通じて辞退事由が認められる人以外の有権者の全員が裁判員として刑事裁判を審理し,被告人が有罪かどうか,有罪の場合にどのような刑にするかその量刑を裁判官と一緒に決める司法・裁判制度です。特別な理由なくして避けて通れない平成の赤紙です。

白洲次郎流に言わせれば「僕の農業の師匠である青年の処にも裁判員選任通知書が来た。何故彼が裁判に出て量刑を下さなければならないのか? 彼は法律の仕事に従事する者ではありません。優れた百姓だ。農民として生きてこそ日本の国に貢献できるはずです。人間にはそれぞれ天から与えられた本命がある」というところでしょうか。

裁判などの法律の分野に携わりたかったら最初から、弁護士や検事、判事などの職業を選びます。それがイヤだからこそその職業を選んでいないのです。それを無理矢理裁判員に任命するのは戦時中の赤紙となんら変わるところはありません。

例えば、いわゆる金槌で泳げない人で水を見るのも怖いという人に、プールや海の家の監視員をさせられますか?水に溺れている人を発見しても、助けようにもなんら解決策を見いだす事はできません。むしろ判断を誤って溺れている人を死に至らしめるかもしれません。

私のオクチャマも言います。子供が嫌いで子供の声を聞いても虫ずが走るという人に、保育園や幼稚園の先生になりなさいというのと同じだと・・・。その人は子供が嫌いだから、最初から子供に携わる職業を選んでいないのに・・・と。そんな人に子供を預けたら、いつ事故が起こらないとも限らないし、いつ事件が起きてもおかしくない・・・とも。


この裁判員制度、全ての人に課する今のやり方に私は反対です。もちろん裁判員制度に興味があり、是非とも参加して審理し量刑を科したいという人もいると思います。私はそういう人に限定してやってもらえばいいんじゃないかと思います。どうしてイヤだという人を無理矢理引っ張り出して参加させるのでしょう。私はこれこそ人権侵害だと思うのですが・・・。

NHKドラマスペシャルで白洲次郎が語る台詞を聞いていて、ふとこんなふうに思ったものでした。






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